建学の精神(1) 私立学校の大切な建学の精神

一般財団法人東京私立中学高等学校協会は、東京私学教育研究所を設置し、建学の精神に基づいて先見性・先進性を独自に発揮する私立学校の教育を多様な研修や調査を通してサポートしています。また、私立学校教育のリサーチをし発信することもしています。

本シリーズ「建学の精神」では、日ごろ協会の理事や研修の委員を担当されていらっしゃる理事長・校長のインタビューを通して、私立学校の建学の精神の意味やメカニズムについて探っていきます。

それは、東京の私立中学校・高等学校が、中高協会を軸(核)として、一丸となって日本の教育をけん引してきた理由の一つとして、それぞれの文言や内容は違えども、共通性のある建学の精神を尊重しあっていることが挙げられるからです。

第1回目は、協会の文化部担当理事で、プロジェクト部会の委員でもある中嶌裕一先生(国際基督教大学高等学校校長)に建学の精神について寄稿していただいた論考の紹介から始めます。


私立学校の建学の精神~国際基督教大学高等学校の教育を通して

国際基督教大学高等学校
校長 中嶌裕一

中嶌校長.jpg

1.|私立学校の創立の原点

国際基督教大学(ICU)は、三鷹に東京ドーム13個分という広大なキャンパスを有しています。ここには戦前、日本の軍用機・エンジンのトップメーカーの中島飛行機株式会社三鷹研究所が置かれていました。1941年12月8日、日本軍の真珠湾攻撃とヒトラーのモスクワ攻撃放棄の指令の日、ここで地鎮祭が行われています。アメリカ本土爆撃のための巨大爆撃機のエンジンも、ここで研究と開発が行われていました。戦後、日米のキリスト教会関係者の間で平和の砦となるキリスト教大学をつくろうという機運が高まります。

キリスト教界だけでなく幅広い人々から募金が寄せられました。一万田尚登日銀総裁が国際基督教大学建設後援会の会長になり、相談役には首相や衆参両院議長が就任するなど、そうそうたる顔ぶれが名を連ねています。特筆すべきは、日本国内で草の根の募金活動が起こったということです。ある地域の公立高校では生徒1人につき10円を目指して募金が行われたとか、早稲田大学の学生がその日のバイト代を寄付したとか、小学生がおやつ代を我慢して寄付したとか。こうしてこの広大な校地が購入され、大学は1953年に献学されました。

2.|建学の精神の先見性

国際基督教大学高等学校(ICU高校)は、日本で初めての「帰国子女受入れを主たる目的とする高校」として、1978年に創設されました。1970年代に日本企業の海外進出に伴って海外で育った帰国子女が増加し、その教育が社会的な課題として浮かび上がりました。文部省と呼応して、学校法人国際基督教大学が名乗りを上げて帰国生受入れの専門校を創設しました。この経緯を指して元校長の一人は、「私立ですが「国民立」とも言える性格を持っている」と述べます。同じキャンパスにありながら、大学が高いミッションを掲げて献学されたのに対し、高校はそれを土壌としながらも、人々のニーズに応えるために建てられました。ICU高校は、特に帰国生とそのご家族の苦労がつくりあげてきた学校です。

ICU高校の建学の精神は、平和と人権、そしてそれを支えるキリスト教です。私たちは、平和と人権という深く大きな使命を与えられています。この二つを追求するための基盤、アンカーとして、キリスト教に基づく教育を行います。

3.|建学の精神の具現化

入学式や卒業式、また始業式、終業式など折に触れて式典で校長として話をします。昨年夏に瀬戸内にあるハンセン療養所を訪ねるスタディツアーが行われましたので、「ハンセン病と優生保護法」というテーマで話をしました。またこのスタディツアーに今年夏には広島訪問が加わりましたので、新約聖書「エフェソの信徒への手紙」を引いて「広島原爆と平和」というテーマで9月始業式で話をしました。V.E.フランクルやエリ・ヴィーゼルを紹介したり、「アイデンティティ」や「愛」をテーマに話をすることもあります。

4.|建学の精神の連続性

コロナ禍に卒業した、いま大学4年生と3年生になる学年を、この春にホームカミングとして学校に招待しました。卒業式に保護者を招くことができず、卒業記念パーティーなども催すことができなかったため、卒業生と保護者をキャンパスにお迎えし、成人式のお祝いも兼ねてささやかな会を催したものです。チャペルで聖書を読み、短く話をし、共に祈り、校歌を歌いました。卒業生の1人が「私は国立大学に進んだためこのような機会がまったくなく、久しぶりに新鮮でした。心に染みました。」と話してくれました。嬉しく感じました。私立学校でありキリスト教学校である本校では、当然のこととして建学の精神に依拠する教育理念やメッセージが日々分かち合われていますが、学校教育全体の中ではそれは必ずしも当たり前のことではないのだと痛感しました。

チャペル写真ICU高校.JPG

5.|建学の精神の社会的影響

公民科の教員として数年前まで教壇に立ち、帰国生・国内生と共に、授業をつくってきました。今、三つ大きな課題を考えています。第一に、これからの学校教育における知のあり方についてです。極論すれば、勉強は一人でもできる時代です。その中で他者と関わって協働で学ぶことにどんな価値があるのか。知が対話の中で生み出されるものであるということを、生徒と日々の学びの中で再確認したいと願います。二つ目は、民主主義についてです。世界的に民主主義の退潮が叫ばれている今、民主主義のあり方や選挙と投票の意義を、生徒と学び考えたいと思うのです。三つ目は、経済と社会、また資本主義のあるべき姿についてです。自身の消費行動や将来の職業が、社会や世界にどのような意図せぬ副作用をもたらすのか、構造的に追究し理解する力を育みたいと願います。キーワードは、共感と分析です。

平和と人権、キリスト教というスクール・ミッションのもとに学ぶICU高校生には、戦争や地域紛争、自然災害や環境破壊、貧困など、世界が直面する情勢の中で、苦難を強いられている人々を共に覚えてその人たちの隣人となる勇気と、解決のための知恵を育まれるようにと、式典のたびに声に出して祈ります。


次回は、本論考に基づいて中嶌校長にインタビューした内容をもとに私立学校の建学の精神を共に考えていきます。


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