【研究所ブログ第35回】不易流行を守る協会
今夏、東京私学教育研究所は多くの研修を実施しました。その中で8月9日・10日で実施する予定だった宿泊研修『理数系教科研究会(理科・地学)-日本の霊峰「富士」の山麓で火山地形を学ぶ-』は、出発前日の8日に宮崎県で震度6弱の揺れを観測したマグニチュード7.1の地震を受けて、南海トラフ地震の想定震源域で大規模地震への注意を呼びかける臨時情報が発表されたため、現地開催は中止しました。その代替対応として、オンラインで講義による研修を行いました。
それ以外の「理事長校長部会」「教頭部会」「教務運営研究会」「初任者研修」は宿泊研修を実施することができました。また、教科教育研究の「書道」「物理」「美術」「公民」の各研修は、いずれも美術館や大学、直島宿泊、渋谷QWSなど現地での研修開催となり、夏期ならでは研修が活発に行われました。
さらに、8月17日・18日には東京国際フォーラムで「私学展」も開催されました。東京の全私立中高が415校集結しました。
協会が行うこのような研修及び広報活動は、建学の精神に基づいた先見性・先進性ある教育の経営と活動を独自に行い、常に日本の教育をけん引し、国内外で人々のために貢献できる人間力を育成する私立学校の使命を遂行する事業の一環です。
この東京私立学校の使命について、今年3月に刊行した東京教育研究所の昨年度の活動報告書である「所報」に、近藤彰郎会長が「刊行に際して」で語られているので、改めて本ブログでご紹介します。
刊行に際して
一般財団法人東京私立中学校高等学校協会会長 近藤彰郎
当研究所は、東京の多くの私学教職員にご協力いただき私学の独自の精神を持続可能にするために、先見性・先進性のある教育を共に創り上げていく研修を企画・運営・実施しています。
研修の内容については、最新情報の提供や現場の教師及び生徒のニーズに基づいた幅広く、かつ奥行きのある企画を追究しています。
各研修委員会で企画をする時に大いに議論し、実際の研修時にも参加者の先生方と多角的に話し合い、問い合います。自分の学校だけではなく、東京の私立学校全体で教育の質や教師の力量を毎年底上げしていく成果を生んでいます。
この東京の私立学校全体が教育の力を共に創り続けていくことの意義は、私学の生徒の人生にとって大きな意味を持っていると確信しています。
それと同時に、当協会では、このような良い教育を持続可能にするために、助成金を始めとする経済的な側面の充足を求める活動をし、油断をすると私学に対する統制力が強まる当局からの圧力に対抗し、建学の精神に基づいて先見性・先進性のある独自の教育を創り続ける意志を表明しています。このことは、一校だけで果たすことはできず、東京の私学が全体で固い信念と絆で結ばれている必要があり、当研究所の活動もその一環としての役割を担っています。
2023年度は、大阪府が所得制限を撤廃し、国と府からの授業料の補助上限額を63万円と定める新制度を今年度以降、段階的に適用することと63万円を超える授業料を高校側に負担を求める府独自の「キャップ制」を維持する方針をだしました。
この大阪府の方針は、「平等と社会統合の原理」に立脚し、教育の共通性・中立性の原則が要請される公立学校と「自由と社会的多様性」の原理に立脚し、教育の独自性の追究が期待されている私立学校との違いが生みだしてきた多様な教育の豊かさを喪失させるものです。私学の経営権の侵害でもあり、ひいては私学撲滅政策につながりかねません。
実際に明治以降の統制的な教育政策において、私学は公立学校の設置が行き届かないところでは、頼りにされながら、公立学校の整備が広まるや公立学校に吸収される法改正の動きが、たびたびありました。1899年の「私立学校令」はもっとも象徴的な「私学撲滅法」です。監督官庁が私学の閉鎖を命ずることができる条文を盛り込んだのです。
このことは遠い昔の話ではなく、今回の大阪府の方針にも通じるところがあります。それゆえ、当協会は断固反対の立場を表明しました。東京の私立中学高等学校及び父母の会が一つになって、所得制限を撤廃し、キャップ制も設定しない要望を関係各所に出向いて説いて回り、中学校、高校両方で「父母の負担教育費の公私間格差是正」について大きく前進したのです。
この活動を大きく後押ししてくれているのは、各私学がそれぞれの建学の精神に基づいて、独自の先見性・先進性ある教育を追究しているからであり、父母の会が安心して自分の子どもを私学に預けられるという期待と信頼があるからです。その意味で、東京の私学教職員が協力して私学教育が日々進歩していくように研修活動をしていることは重要です。
したがって、2023年度も、社会の変革の時代にあって、伝統と革新を統合する不易流行の精神を発揮しました。その象徴的な例を3つ挙げると、1つ目は、令和4年から開始した「プロジェクト部会」が年間通じて1つのテーマを研究していく大胆な動きを始めました。年間通じてプログラムを組み立てるため、たとえばフィールドワークや坐禅体験などまずやってみようという経験を組みこむこともできました。教科研修ではなかなかできなかった教科横断型の研修も企画できるようになりました。
2つ目は、夏期の初任者研修もOST(第5章参照)という新しいワークショップの手法を組み込み、その影響は、学校づくり委員会や数学の委員会の研修プログラムにも伝播し相乗効果が生まれました。
3つ目は、所報の編集の仕方を変えました。これまでの所報は、行われてきた研修のうち代表的な講義の記録を3つ前後掲載してきました。しかし、もったいないことに、他の貴重な記録は埋もれたままです。また、年々、講義だけではなくグループワークやワークショップによるディスカッションやシェアリングのプログラムが増えています。また、講義にしてもミニワークショップを併用して行うために、これまでのような論文型ではその活動を収集しきれなくなっています。
そこで、「所報」の在り方を再編することにし、1年間の活動やその過程の中での委員の先生方のものの見方・考え方の痕跡をできるだけ可視化することにしました。また、これまで教務運営で収集している当協会の東京の私学全体の「教務運営に関するアンケート調査」の結果も、公開できる範囲内で掲載することにしました。さらに、各委員会のメンバーである教職員の名前と所属する支部と学校を明記し、所報を読んで共感した場合、絆を深めることができるようにしました。一つひとつは小さな変化ですが、この積み上げがやがて会員校にとって有益な資産となると信じています。
このたびの所報のとりまとめに際し、ご指導、ご協力を頂きました関係諸先生方に厚く御礼申し上げます。
令和6年3月