②≪研修には人を変える力がある≫
○清水
私の学校でも、研修を受けたことで大きく変わった人たちが何人もいます。
しかし、研修を受けた人すべてが変わるというわけではないということも事実なんですね。
○實吉
それに自分が受けたことを自分の学校に持って帰って、それを自分の学校の中に普及させる
ことができるかというと、それはなかなか難しいだろうね。個人で終わってしまっている。
○清水
そうですね。10人変化したとすると、
それが波及効果するかというと、その2分の1くらいかな
とは思いますね。
ただ、変わった人たちが、職場の教員の中で
変わっていく姿を見せているわけだから、
何となくでもみんな、「ああ、いいんだな」という
影響があることは確かです。
○實吉
夏期の教頭部会の分科会で校務分掌のことなども議題にしますよね。
その参加校の中で研修研究部署を持っている学校と持っていない学校があるようですが、
そういうのを一回ちゃんと調べてみてもよいだろうね。
何をやるべきかというハウツウのことだけではなくて、どういうふうにやろうかということに焦点を当ててね。

校内での研修の場合ですと、例えば私の学校では、
ある一人の研修担当の先生が、
学校の研修をどういうふうにするかを組み立てています。
例えば初任者には全10回のプログラムを組んで、
最初は私がやって、次に教頭、進路指導部長、
生徒指導部長というふうにやっています。
うちの学校自体が部署としてどう動いているよというのがわかってもらえるように。
ここ2、3年で新しい先生を採用したわけだから、やはりやらないとだめだよね、と。
○清水
なるほど。2週間に1回の割合でプログラムを組んでいる形ですか。
○實吉
うん。それに、清水先生のところでやってきたワイガヤ主義を取り入れている。
3人いれば3人がそれぞれ思いを言うから。研究所の中堅現職研修がうまくいっているのは、
ワイガヤ主義のおかげだからね。みんなでワイワイ、ガヤガヤやっている。
だから、押しつけというか、一方的に何かの情報を集めるということではないと思うんですね。
情報集めの研修会というのは、きっとつまらない。
○清水
でも、どうしてもそっちに流れてしまう。「そんなの、自分でやれよ」と言いたくなってしまう。(笑)
○實吉
それは、中堅現職研修にお招きした森先生(東京大学助教)が、卒論を書くのに、
どういう文献を参考にして卒論を書けと指導しなければいけないという悩みを仰っていたでしょう。
昔は、指導教員のところにはそんなにベタベタと行くわけではなかった。
自分で一通り書いてみてから指導を受けにいく。でも今は、最初から指導しなければいけないという。
まさにその姿と同じなんだろうと思います。
それに「課題発見能力」とか「課題解決能力」とかという言葉で片づけられても。
言葉だけつくって、じゃ、それ、どういうふうにやるの?というのは何もできていないからね。
○清水
それはコミュニケーション能力と関わりがあるのではないでしょうか?
人間はみんな、おしゃべりの中で、いろいろな情報や人の考え方、そして自分との違いを感じたりしている。
そしてそのことにそんなに違和感がないのだと思う。だから、ワイワイガヤガヤやることが充実感につながる。
日本の場合は、どちらかというと、飲み屋で、お酒という道具を使ってワイワイやっているんだと思うんですね。
それをお酒がなくてもやれるというのがワイガヤ主義。
インクルーシブ・リーダー(Inclusive leader)ということを私はよく言っているのですが、
訳すと「包括的なリーダー」とも言うのでしょうか。みんなを巻き込みながらのリーダーという意味合いなんだけれどもね。
トップダウンの「おれについてこい」リーダーではなくて、「今回は私がやるね。次はあなたね」とリーダーを決めていく。
みんなでワイワイやりながら、テーマも含めてみんなでリーダー、フォロアーを決めていく。
だから、だれでもがみんなリーダーになれる。
21世紀は、縦的なつながりではなくて横に広がるようなネットワーク化の時代、そういう発想が大切になっていくと思います。
○實吉
私の学校の事務長は、ある会に所属していて、近隣の学校の事務長と年に2,3回集まっています。
各学校で問題になっていることを持ち寄って、どう解決しているとか、話し合う場を作っています。10年近く続いているのかな。
○清水
そういうワイガヤ主義を取り込んでやる手法をいつも意識しながら研修会に取り込んでいくのは有効な手だてと考えています。
スキルアップとかハウツウものという講義スタイルの研修会も時には必要かもしれないけれども、
それだけというのは研究所として視点の持ち方が違うんじゃないかなと思ってはいるんです。
○實吉
うん。そういう意味での見直しやもう少し系統立ったことは必要になってくる。
○清水
例えば教科なら教科のスキルアップとかハウツウとかをやりながら、それで終わらないような何かを発信していきたいですね。
例えばネットワーク化を図るために、宿泊研修だったら夜の会を必ず企画してあげるとか。
そういう中で同じ悩みを聞きながら、実は自己と対話しているような時間とか、
そういうものから少しづつ自分自身の中で、
自分はなぜこの学校で教員やっているのかなあという振り返りができると、
哲学のスタートラインにはつけるのではないかと思います。
○實吉
ざっくばらんな話をさせてもらいますと、どこの学校の理事長校長も、
自分の学校の先生がほかの学校の先生と交わることに臆病だったんですね。自分の学校に囲い込みたかった。
だから、中堅現職研修みたいなことに10年間関わってくると、
「ああ、先生たちが飢えているものは人間関係なんだな」という気がします。
○清水
単発ではない、もちろん時間的には終わりでも、その後まで必ず何か残っていて、
将来の自分を構築する何かタネがまかれているような研修を目指したいですね。
次回は最終回、
③≪哲学する力、人との関わりの中で関係する力、創造する力≫です。
よろしくお願いいたします。